2011年1月31日月曜日

うそ

猫はこたつで丸くならない。
のびるだけ。


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2011年1月30日日曜日

灰かぶり猫

ぼくが小学生の頃、家の風呂は五右衛門風呂だった。

鉄の風呂釜で下からまきを燃やして温める風呂である。

その頃ぼくが風呂を炊く係りだった。

その日もいつものように、細く割った木を組んで、

その下に新聞紙をくしゃくしゃと丸めてマッチで火をつけた。

新聞紙に火がついてメラメラと木にも火がついて燃え始めた時に、

突然、かまどの中から一匹の猫が飛び出してきた。

猫の毛にも火がついて燃えていた。

ぼくは突然猫が飛び出してきたので、ギョッとしたが、

多分もっとギョッとしたのは猫のほうだったろう。

冬の日で、野良猫がかまどの灰の奥の方で、

気持ち良く寝ていたにちがいない。

そこに突然ぼうぼうと火が燃え出したわけだからあわてないわけがない。

その火のついた野良猫はススだらけになり、

大やけどをして、もう死んでしまうかなとかわいそうに思った。

ところがどっこい野生は強かった、だんだんにやけども治り、

その上うちに上がり込んでとうとう家の猫になってしまったのである。

名前はもう忘れてしまったが、茶色のしま猫で運がいいだけでなく、

気だてのいいやさしい雄猫だったよ。


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さみしくて

さみしくて
猫の肉球にぎりしめる

2011年1月29日土曜日

こたつLOVE

猫とこたつはセットのようなものだ。

こたつあるところに猫がいて、猫がいるところにこたつがある。

こたつの中に寝そべって、満足そうに手などなめているのを見るとつくづくこたつの中の猫の幸せを感じてしまう。

だいたいこたつと猫には共通点が多い。

どちらも四本足である。

どちらも触ればあったかい。

しかし、耳やヒゲや爪のあるこたつは見たことないので共通点といっても上の二つしかない。

でも上の二つは立派なしかも、重要な共通点であることは万人が認めるところであろう。

猫はこたつが大好きだ。

姿を見ないなあと思ってたらたいていこたつの中にいる。

こたつの中でゴロゴロ喉を鳴らしている。

ところで、ぼくも猫に負けないくらいこたつが好きである。

猫よりも好きかもしれない。

iPhoneつつくのもこたつ。

本を読むのもこたつ。

コーヒー飲むのもこたつ。

冬になったら寝るのもこたつ。

こたつLOVEだ。

猫とこたつ勝負(どんな勝負だ→ぼく)をしたら絶対勝つ自信がある。

猫はだいたいそんなバカな勝負はしないので不戦勝なので、

本当に勝ったと言えるのかどうかは疑問の残るところではあるが

この際そんなことはどうでもいい。

「猫とこたつとぼく」は冬の風物詩にすでになっている。

かもしれない。


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奇跡

目が覚める奇跡

息ができる奇跡

聞こえる奇跡

見える奇跡

話せる奇跡

感じる奇跡

思う奇跡

味わう奇跡

動ける奇跡

眠れる奇跡


ぼくたちは奇跡の中で生きている



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2011年1月28日金曜日

行為の大小

人間とは不思議なもので,勝手に行為に大小をつける。

大きなことをした、とか,小さなことしかできなかった,などと決めつける。

もっと不思議なことがある。人間は、自分がしなかった行為を悔いる。

しなかった行為なのに,あれは大きなことだったと本気で思う。

あれをしていれば、今が大きく変わっていたと本気で思い、悔やんだりする。

また、自分のした行為、自分のしなかった行為の大小を、自分が決定できると思い込んでいる。

その大小が真実だとさえ思っている。

自分のした小さな行為が、実はある他人にとっては大きなことかもしれない。

その反対かもしれない。

いずれにしても、過去の行為を価値づけることは無意味なことなのだ。

ニーチェ


このニーチェの言葉には多いに考えさせられた。

自分のしたことに必ず価値付けしている自分がいる。

それは無意味なことだとニーチェは言い切る。

この考え方や見方は、ぼくを勇気付ける。

ただ淡々と生きていけばいい。

自分の思うように生きていけばいい。

人の目を気にしなくてもいいよと

肩を押してくれたような気がする。

人の目の中て最大のものは自分の目なのだから。




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愛してる

ぼくは猫の柔らかさを愛してる


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果てしもなく

果てしもないものにあこがれる。
空や海や宇宙。
自分の手の届かないものに
それでも伸ばす手の一途さ。
きみもそうか。
果てしないものにたえずあこがれつづける
この心は何処から来たものか。
放て。
放て。
わきあがるあこがれを。
何処までも手を伸ばせ。

好き

ぼくは君が思っている以上に君が好きだよ。
彼女は笑った。

わたしも同じよ。


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2011年1月27日木曜日

誰かを責めたくなったら

誰かを責め立てる者、この人が悪いのだと強く言い張る者。

その人はしかし、告発することで自分の性格を思わずあらわにすることが多い。

第三者から見ると、汚く責め立てる者のほうこそ悪いのではないかと思えるくらいに低劣な性格をあ

らわにしてしまう。

そのため、あまりにも激しく責める者こそ、周囲の人々から嫌われてしまうものだ。

ニーチェ


人をひどく責める時には、何か自分の中に後ろめたいものがあるとか、

または自分の中に傲慢さがある時が多いような気がする。

人を責め立てることであまりいい結果を生まないことだけは確かだ。

人を責めたくなったらまず自分の心の中を覗いてみる習慣をつけていきたい。


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ぼく

ぼくはいったい誰なんだろう?
目が覚めて最初に浮かんだ疑問がそれだった。


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運動場がアイスリンクに

これもぼくが小学校の時の事である。

ある冬の日、前の夜に雨がたくさん降った。その次の朝のこと、今でいう放射冷却で水たまりだらけ

だった運動場は一晩のうちに大きなアイススケート場に変わっていた。ぼくたちが喜んだのなんのっ

て。運動靴をはいて運動場に出たぼくたちは一面の銀色の氷を見てワクワクドキドキが止まらな

かった。今までにこんな経験をしたことは初めてだったから。つるつる滑る氷の表面におそるおそる

足を入れてみて、その滑り具合を確かめた後、ぼくたちは運動場で滑り始めた。もちろん、スケート

ぐつで滑るようには滑れなかったが、ツルツルの氷の上をスーッと滑って行く感じは僕たちを有頂天

にした。

ほっぺを真っ赤にしながら楽しくて仕方なかったのを今も覚えている。滑って転んでは手袋やおしり

が少ししめってしまったけれども、そんなことはたいした問題ではなかった。運動場中ではしゃぐ子ど

もたちの声がひびいた。先生方も何人か出て来て一緒に楽しんでおられた姿も見かけた。

ピカピカだった運動場も、一時間目が終わる頃には太陽の光でぐしゃぐしゃの水たまりに戻り、朝の

楽しかったスケート大会も終わりを告げた。その後そういうことは一度も起こらなかったから、ほんと

に貴重な思い出の一つになっている。





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2011年1月26日水曜日

何処へ行くんだろう

ぼくらは何処へ行くんだろう
いくつもの時代を超えて
ぼくらは何処へ行くんだろう
何のために
何を求めて
答えもわからないまま
ぼくらは何処へ行くんだろう
何を探しているのだろう

ぼくらは何処へ行くんだろう

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ストーブがかり

いきものがかりという音楽グループがあるが、ぼくの小学校では高学年になると、冬にはストーブが

かりがあった。ストーブと言っても石油ストーブではない。昔なつかしの石炭ストーブだ。

ストーブがかりになると、前の日の掃除の時間には石炭が山積みになっている場所から、黒い石炭

入れに石炭をいっぱいにして教室まで運ばないといけなかった。

これが重くて大変だった。二人掛かりでフーフー言いながら二階の教室まで持って上がった。

それが、ストーブがかりの昼の仕事だった。

ストーブがかりの仕事のメインは朝だった。

ストーブがかりはみんなより少し早くこないといけなかった。

ストーブをつけて教室を温めておくためである。

職員室からもらって来た古新聞をくしゃくしゃに丸めてストーブの中に軽く突っ込む。

その上に先生がなたで細く割った木切れをおいてから新聞紙にマッチで火を付ける。

木切れが勢いよく燃え始めたら石炭を放り込むのである。

やがて石炭が真っ赤になってゴーゴーと燃え始めると、やっと石炭がかりの朝の仕事は終わるので

あった。

授業途中の火の調整などは先生がやっていたように思う。

石炭がかりの仕事はそれで終わらない。

放課後、ストーブのそうじと石炭の燃えたあとの灰を捨てに行く仕事があった。

ストーブがかりになるとけっこう大変だったことを覚えている。

今となっては懐かしい思い出ではあるけれども。





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100年後

今から100年後には、今生きている人は、ほとんどいなくなる。
ぼくたちの子孫の世界。

ぼくたちは少しはましな未来を伝えていけてるのだろうか。
世界は平和になっているだろうか?
核兵器や通常兵器はなくなっているだろうか?
地雷は全て撤去されているだろうか?
あらゆる差別はなくなっているだろうか?
悲しい思いをする人が今より少なくなっているだろうか?
子供達が未来を夢見ているだろうか?

未来を作るのは今のぼくたち。
「今」が「未来」に続いている。
未来はぼくたちの責任。


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2011年1月25日火曜日

国会議員の野次は必要か?

国会の討論を見ていつも感じるのは

答弁に対する野次の品のなさである。

国会と言えば、我が国の最高の立法機関である。

日本には様々な会議があるが、国会はいうなればその頂点に立つ会議であろう。

その会議の中で口汚いののしりが平気で飛び交うというのは如何なものか。

言いたいことがあれば議長に許可をもらって話せばいいではないか。

冷静な話し合いの中で国の方向性がきちんと決まって行く国会の姿を国民は望んでいると思う。

原爆とBBCテレビ

前原誠司外相は25日の記者会見で、英BBCテレビのお笑いクイズ番組が広島と長崎で二重に被

爆した故・山口彊(つとむ)さんを「世界一運が悪い男」などと笑いの種にしたことについて「強い怒り

と不快感を持った」と述べた。

前原氏は番組制作者や出演者に対し「原爆の被害がどれだけ悲惨か認識してほしい。おわびをす

るなら、核(の被害)を二度と起こさせない努力をしてほしい」と求めた。

BBCと番組制作会社は在英日本大使館の抗議を受けて謝罪している。

産経ニュース 2011.1.25 17:10



このニュースを見て英国の原爆に対する認識のなさを強く感じた。

米国も多分同様であろう。

65年前の広島、長崎への原爆投下でどれだけの尊い命が奪われ

どれほどの惨状がそこにあったかを肌で感じていれば、

あのような安易な番組は制作されなかったろうし、放映もされなかっただろう。

原爆投下から何年もの時が流れ、その恐ろしさは広く伝わってもないし、

風化さえしはじめているのだろうか。ぼくたち日本人は今こそ声を上げなくてはならない。

今回の出来事をいいきっかけにしたいものだ。




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貝釣り

ぼくが小学校のころ、少しだけ流行った遊びに、「貝釣り」がある。

ぼくの通ってた小学校の裏手に「潮回し」という名前の池がある。

「潮回し」という名前からわかるように海の水をそこまで引き込んでくるため池のようなものだった。

何のためにそんな池を作ったのかは聞いたことがなかったから知らない。

その潮回しまで海の水を引き込むための用水路があった。

水は浅くてスリッパをはいて歩けるくらいだったが、その頃はとてもきれいな水だった。

石垣が組んである水のほとりでぼくたちは頭を並べて水の中に、そこら辺に生えているアシの細い

先をいれて行くのだ。

潮回しの水はもちろん海水で、その頃はアサリがたくさん住んでいた。

アサリは小石混じりの砂の中にもぐっているが、

入水管と、出水管の二つの管は水の中に出している。

上からみると黒い縁取りの丸い穴が、そろって並んでいるような感じだ。

 その二つの穴のどちらか一方にアシの先をつっこむ。

そしたらアサリはびっくりして貝がらを閉じる。

アシの先にしっかり食いついた貝をこうやって釣り上げるわけである。

食いついた貝の重さを今も感じる。

これがけっこう楽しい遊びだったのだ。

今は水が汚れてしまって貝もいなくなってしまったが。

日本全国で貝をこんなふうにして釣り上げて遊んでた小学生は

あまりいなかったのではないか、と思うのだが。

今でも潮回しの小さな石の橋の場所にくると、

寝そべって水の中の小さな二つの穴を探していた小学生の頃を思い出す。

誕生日

誕生日が来た。
何も変わらない。
ヒゲが伸びたくらいか。

誕生日が来た。
何も変わらない。
ほんとにうれしいのか?
自分が生まれた日であることだけは確かなこと。

誕生日が来た。
みんながおめでとうって言ってくれた。
誕生日、おめでとう。自分。
ぼくは君が好きだよ。

2011年1月24日月曜日

守られている

あれはぼくのおじいちゃんが亡くなった次の年のことだったろう。

確か高校二年生の秋の日のことだったと思う。その日曜日になにをするでもなく自転車を乗り回して

いたぼくは、坂の途中にある斎場(ぼくたちはふだん「焼き場」と呼んでいた。)の前の広場にひとりで

自転車を乗り付けた。斎場といっても島のことだからそれこそちっぽけな焼き場で、周りはコンク

リートの塀に囲まれてはいたが誰でもその小さなセメント敷の広場には出入り自由になっていた。焼

き場の広場でなんの気なしに自転車をぐるぐる乗り回していたぼくも途中で飽きてきて家に帰ること

にした。

家に帰るには坂道が二本あった。ふだんは使わない坂道を通って帰ることにしたぼくは坂道を下り

はじめた。その時になぜかブレーキを使わないでおりてみてやろうという考えがふと頭によぎって、く

ねくねと曲がりくねった急な坂道をブレーキをかけずに下りはじめたぼくは、今考えてもどうかしてい

たと思う。最初はそれ程でもなかったスピードも坂の最後のあたりでは相当なスピードになっていた

のにその時のぼくは怖いと思わなかった。そのまま坂を下り切れるようなスピードでも、曲がり道で

もなかったのだ。だから最後のカーブを曲がりきれるわけもなかったぼくの自転車は坂を踏み外し

崖の下にころげ落ちた。

落ちて行く時にスローモーションのように自分の身体の軌跡がわかったがぼくにはどうしようもな

かった。ぼくは道の端に右のこめかみを打ち付けて下の崖に転げ落ちた。自転車に乗ったままだっ

たから全体重と全スピードがそこにかかって、普通なら頭蓋骨骨折は当たり前の状況だった。

それなのに、ぼくはなんともなかった。確かに道のコンクリートの端で打ち付けたはずのこめかみに

はかすり傷程度はあったかもしれないがほんとになんともなかったのだ。崖の下のやぶから自転車

を引っ張りあげながら、ぼくは『まもられたな』と思った。焼き場で遊んでふだんでは考えられないよう

なわけもわからないスピードで降りたこともおかしなことだったが、崖から落ちてこめかみをしたたか

に打ち付けてなんともなかったことはそれ以上に不思議なことだった。

でもその時はそれをひどく不思議にも思わず、ただ『守られたんだ』と感じた。秋の草が生い茂って

いる道を自転車を押しながら歩いた。

「死んだおじいちゃんに守られたのかもなあ。」「でも確かに守られた。守られたんだ。」とずっと思い

ながら歩いていると、右腕が突然異常にだるくなってきてそれがしばらく続いた後うそのようにその

痛みも消えた。

それから命に関わるようなことは一度も経験していないが、どこかで自分を守ってくれている存在が

あることをぼくはその時から信じられるようになった。


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2011年1月23日日曜日

夏の思い出

ぼくは瀬戸内海の小さな島で育った。小さいといっても地域ごとに二つの小学校があったくらいだか

らそれほどの小島ではないが。ぼくが通っていたのは、二つの小学校でも小さい方の小学校だっ

た。その頃で全校児童が百人を少し越えるくらいの学校だった。

ぼくは夏休みが大好きだった。もっとも夏休みが嫌いな小学生はほとんどいないと思うが。

ぼくの夏休みは朝のラジオ体操から始まった。ラジオ体操は地域の神社の広場で行われていた

が、体操なんかよりも朝、土の穴から出てくるセミの幼虫を見つけるのが楽しみだった。あの頃のぼ

くの夏休みは虫採りと、海水浴の二つで成り立っていたように思う。

それはぼくが五年生か、六年生の夏休みだった。ぼくの小学校にはプールなんてものはなく島の子

どもは夏休みの間中海で泳いだ。海には干満があるので泳ぐ時間が毎日少しずつ変わっていく。そ

の日の満潮の時間がぼくたちの海水浴の時間だった。だから朝の10時から泳ぐこともあったし、昼

の3時過ぎに泳ぐこともあった。泳ぐ時間になると小学生の保護者が二人ずつ監視にきてくれた。保

護者の作ってくれた海の中の飛び込み台の周りで僕たちの二時間は十分に楽しかった。泳ぎ方な

ど誰からも習うわけではないが、塩からい海の水を飲みながら、平泳ぎも、水に潜ることも、飛び込

みも自然に覚えていったのである。畑で取れたトマトやまっかうりを持って行き、休憩時間に食べる

ことも自由だった。あのころ島には堤防がなかったから大潮で水位が高い時には道から走って飛び

込むこともできた。海の底は浅いところは牡蠣のついた石ころで深いところになると、ぼくたちが「た

べ」とか「だべつ」と読んでいた粘土質の臭い砂地になる。水中メガネをかけて潜ると魚の群れが泳

いでいる。僕たちが泳いでいた海はそんなところだった。

その日も友だちとはしゃぎなから泳いだり、潜ったりしていたわけだか、ぼくが泳いでいた目の前に

浮き袋で泳いでいる幼稚園か小学校の一年生くらいの女の子がいた。その子がどうした拍子にか

浮き袋からすっぼり抜けて水の中に沈んでいったのだ。一瞬の出来事だった。ぼくはびっくりして、

あわててすぐに水の中に潜り女の子を浮き袋の中に入れ直した。ほんとに一瞬のことだったので周

りのみんなは何も気づかなかった。何もなかったかのように水遊びは続きぼくも何も言わないまま

だった。もし、あの時ぼくの目の前で浮き袋から抜けていかなければ全く気づかないままあの女の

子は水の底に沈んだままで、後からいないことに気づいて大騒ぎになったことだろう。その夏の海水

浴はその日限りになったかもしれない。

そうはならずに平和な夏休みはそれからも続いたわけである。

ぼくが助けた女の子は島の子ではなかった。夏休みに親戚のうちにきた子らしかった。今ごろはい

いお母さんになっているかもしれない。子どもも何人かいるかもしれない。あの一瞬があの子の運命

を決めたといってもいいかもしれない。名前も知らないその子とぼくの糸が一瞬交わってまた離れた

あの夏の日の出来事である。










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どんなふうに生きる?

気の小さい馬をみたことがあるか。しょげかえった小鳥を見たことがあるか。馬や小鳥が不幸にならないのは、仲間に"いいかっこう"を見せないからである。(カーネギー)
カッコつけずにそのままの自分で生きられたらきっと楽だろうな。それができないのは、カーネギーが言うようにどこかで自分をよく見せようとしているからだろう。ありのままの自分で生きていきたいものだなあ。そのためには今までの自分をある程度リセットしていかないとダメだろう。そこには痛みが伴うかもしれない。目を背けずに自分と向かい合うことが求められる。でもそれを乗り越えればきっと身軽な本物の自分で生きていけるだろう。明るい前向きな自分で生きていけるような気がするのだ。


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鳥インフルエンザ

先日鳥インフルエンザの蔓延を防ぐために、宮崎で鶏一万羽の殺処分があった。ニュースで報じられたのは簡単な、「一万羽の殺処分」である。ほかの鶏に感染させないためにはやむをえず鶏の命を殺すことになったということだろう。しかし、一万羽である。人間で考えてみたら、いかに人間中心の事柄かがよくわかる。インフルエンザにかかった人がいたら、他の人にインフルエンザがかかるおそれがあるかもしれないから、付近の住人一万人をすべて殺してしまうということだ。
人と鶏を同列に考えることはもちろんできない。しかし、口蹄疫のときもそうだったが、こういうニュースを見るたびに何とかならないのかと思ってしまうのである。これを書いたあと、「41万羽の殺処分」ということになった。なにをかいわんやである。

夜眠れることと朝目覚めること

三日、眠れない日が続いた。だから今日こそは眠るぞと思って昨日の晩布団に入った。
そしてめでたく今日の朝を迎えることができた。目覚めた時に「眠れたんだな、ありがとう」と思った。夜眠れて朝目覚めることの不思議を思った。普段は何気なく行っていることが当たり前じゃないのかもしれない。このありがたい気持ちを忘れずにいよう。


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2011年1月22日土曜日

赤い実なんだ?

南天の実のあのつややかな赤い色を見るたび、自然の色にはかなわないなあと感心させられる。
冬になると、赤い実の目立つ木が増えるのはなぜかな?
千両、クロガネモチ、ビラカンサス。それぞれ色合いは違うもののあざやかな赤い実を枝いっぱいにつける。その赤が緑の葉の中でよけいに美しく見えるのだから大変目を楽しませてくれる。
ぼくは冬の街路樹の中でクロガネモチの木が一番好きだ。あの赤の緑のコンストラストをみると心がうきうきしてくるのだ。


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アンパンマンのアイデンティティ

アンパンマンはお腹の空いて困っている人を見ると、惜しげもなく自分の頭をむしり取って食べさせるヒーローだ。これこそ無償の愛の形だ。アンパンマンの頭はジャムおじさんによって新しくいくらでも作れるようである。してみると、アンパンマンの本体はあの頭ではなくマントをまとった体の部分ということになるな。
アンパンマンの本体がどこであろうとこの際構わない。彼が弱気を助け、強きをくじく正しき正義マンであればそれでいいのだから。


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山頭火句集より

ほろりとぬけた歯ではある

さむい雲がいそぐ

ふるさとは遠くして木の芽

よい湯からよい月へ出た


放浪の俳人山頭火について今まで知らなかったが、数々の荒削りのそれでいて生命力のあふれた句を読んで、ひょうひょうとした自由な風が吹き抜けたような気がした。今まで俳句や短歌に対して感じていたものを頭から否定されたような気がした。でも気持ちのいい否定だった。

招福 ねこ暦

自慢だけど、今年ぼくが買ったカレンダーがとても気に入っている。「招福 ねこ暦」というものだ。



絵のねこたちが思いも思いのポーズをとってとてもめでたげなカレンダーなのだ。 

スニッカーズの日々

スニッカーズというチョコレートが今マイブームとなっている。輸入品のチョコレートだけど、とろける美味しさの上品なチョコではない。中身はピーナツとヌガーのキャラメル塩味。これをチョコレートでコーティングしてある。どちらかというと大雑把な取り合わせだ。でもこのピーナツのカリカリ感とヌガーの塩味、それをくるむチョコレートの甘さが口の中で渾然一体となると、えもいえぬハーモニーを奏でる、クセになる美味しさなのだ。(ほめすぎかな)というわけでこの三週間というもの、13個買って食べた。二日で一個の消費である。一個が120円なので1560円。たいしたことがないと言えばそれまでだけど、けっこうな執着だなと自分でも思う。それにしてもよく食べたなあと感心する。このブームはもう少し続きそうだ。







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花束

花束をうけとったきみは

はにかんだように笑った。

ただそれだけのことがうれしかった。




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ぼくは知らない

ぼくは知らない。
ぼくは政治を知らない。
ぼくは経済を知らない。
ぼくは文学を知らない。
ぼくは美術を知らない。
ぼくは音楽を知らない。
ぼくは歴史を知らない。
ぼくは外国語を知らない。
ぼくは何を知ってるのだろうか?
ぼくは何も知らない。
知ってると思ってたことさえ
知らなかった。
知らないことさえ知らなかった。






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老いること

ぼくはもうすでに若くない。年老いているわけではないが若さとはすっかり縁遠くなった。それが問題ではない。若くない自分を持て余している自分がいるのだ。若さって一体なんだったんだろうか。若い心のままの自分も今の自分と同時に存在していlることの意味はなんだろうか。全ての人がたどって行く道筋をぼくも歩いているだけだから心配はいらないのか?
朝は四本足で、昼は二本足で夕方になると三本足になるものはという有名なスフィンクスのなぞなぞがあるが(答えは人間〜赤ん坊のときは四つ足ではいはいし、大人になれば、二本足で歩き、歳をとったら杖をついて三本足で歩く)自分が若くなくなって初めて見えてきたものがあるような気がする。答えを探しながらこれからも否応なく歳を重ねて行く自分である。ぼくは、いったい何が言いたかったのかな?!


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2011年1月21日金曜日

役に立つ民主党

あることを人が認める、その場合は三つある。
まずは、その事について何も知らないから。次には、それが世にありふれているように見えるから。そして三つ目は、すでにその事実が起こってしまっているから。
もはや、そのことが善悪のどちらなのかとか、どんな利害が生まれるのとか、どんな正当な理由があるかなどということは、認める基準にならないのだ。
こうして多くの人が、因習や伝統や政治を認めることになる。
(超訳ニーチェの言葉より)

まさに今の民主党政権を中心とした日本の政治に対する人々の反応そのものだと思われる。しかし最近では、少しずつ人々の目が政治に向かうようになってきているとも言える。そういう意味では民主党のぐだぐだ感は役には立っているのかもしれない。


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いつも

いつもいっしょにいて
わらいあえたらいいね
いつもいっしょにいて
はなしあえたらいいね
そんなきみだから
そんなぼくだから
いつもいっしょにいよう
いつもわらっていよう
このささやかないのちが
おわるときまで
このささやかなじんせいが
おわるときまで

悲しすぎる話を聞きました

おなかに赤ちゃんができて、その赤ちゃんの性別がわかったときに、自分たちが思っている方の性別じゃないので、堕胎した夫婦がいたということでした。命を授かるということの不思議さと尊さはどこに行ってしまったのでしょうか。人を殺したら法律で罰せられます。でも、堕胎も同じではないでしょうか。産みたくても産めない人もたくさんいます。それでどれだけ悲しい思いをされているか、そういう人もたくさんおられるわけです。命の大切さをもう一度考えてほしいと思いますし、法律で何とかできるなら、規制すべきではないでしょうか。ぼくは強くそう思います。

大寒すぎても

大寒すぎても相変わらず寒い日々が続きます。でも椿の花の蕾はまだ緑で硬いけれども、だいぶん大きくなってきたんですよ。いろんなところで春を待っているんだね。

ツイッター for iPhone

ツイッターをiPhoneで使うのはとても快適です。フリック入力は慣れるととても速く入力できるようなになるし。
iPhoneにも、標準でツイッターのクライアントがありますが、使っているうちにいろいろほかのも試してみたくなって、無料・有料も併せて、10以上のツイッタークライアントがアイコンに並ぶことになってしまいました。といっても今,主に使っているのは、「ついっぷる」「HootSuite」の二つです。最近、TweetATOKが出てきて、ATOKの変換の気持ちよさを味あわせてくれましたが、ツイッタークライアントとしてはもう少し練られてないかなという感じです。これでもう少しツイッターに最適化してきたら、最強アプリになると思われます。
ツイッターとiPhoneはほんとに兄弟のようにぴったりの取り合わせだと思います。いつでもどこでも手軽につぶやける、iPhone。ぼくにとってiPhoneのツイッターは今や片時も離れられない友達のようなものになっています。

コタツで寝ています

昨日は大寒でここのところとても寒い日が続きますね。でもコタツで寝てるから寒くない。早く春がくるといいのにね。


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最初のブログです

初めて書きました。まよなかの3:19何でこんな時間になっちゃったのだろう。