小学校の5年生の秋だったのだろうか。
もうくわしいことは記憶の彼方に行ってしまったが。
その日、ぼくは友だち数人と弟を連れて、海へ釣りに出かけた。
弟はまだ小学生になる前だったのかもしれない。
釣りざおは細い竹の先に釣り糸をつけた簡単なものだった。
確かあの時に釣りざおを持っていたのはぼく一人だったような気がする。
ぼくが海に向かって釣り糸を投げようとさおを振ったとき
何かが引っかかって前にとばない。
後ろを振り向いたら、なんと弟の左目のすぐ下に釣り針が引っかかっていた。
弟の左目のすぐしたで、釣り針と、
釣り針につけたえさがグニグニと動いていていたのを思い出す。
泣き出した弟の目の下から、何とか釣り針を外そうとしても
釣り針には返しがついていて、どうやってもとれなかった。
弟は泣き続け、ぼくたちはどうしていいかわからずおろおろするばかりだった
すぐ近くにいたおばさんが、釣り糸を切ってくれて
家に早く帰りと、言ってくれた。
弟はずっと泣き続けたまま。
ぼくは途方にくれたまま、弟を家に連れて帰った。
父はひどく怒って、ぼくはひどくぶたれた。
ぼくは、自分のしたことの恐ろしさと、父にぶたれた悲しさに
泣きながら暗い部屋にひとりぼっちで待っていた。
長い時間がたったようだったけど、病院に行って釣り針をとる手術をしてもらって
弟と父は帰ってきた。
それ以上、ぼくは責められることはなかった。
左まぶたのずく下に引っかかった釣り針の怖さ、
あと1センチでもずれていたら左目に引っかかっていたに違いない。
本当に運がよかった。
とにかく不幸中の幸いだったことだけは確かだ。
それから大きな傷跡になることもなく弟の傷は治った。
でも、今でもぼくは、後ろの方で何かが引っかかった釣りざおの感じを覚えている。
弟の左目の下のあの釣り針の先で動いていたえさの動きを覚えている。
ぼくはそれを一生忘れることはないだろう。
怖かった、心細かった、悲しかった、あの日の思い出。
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