やまんばと牛かた。
牛かたというと牛の背中にいろんなものを乗せて
売り歩く商売で、ある牛かたが秋の夕暮れ、
牛の背中に魚を積んでとぼとぼと山道を歩いていた。
こんな寂しい夕暮れに変なもんでも出ると怖いなあと
思っていたら、生臭い風がふわっと吹いたかと思うと
後ろの方から、やまんばが追っかけてくる。
牛かた、牛かた、魚を一匹くれい。
牛かたはぞっとしながら魚を牛の背中から一匹放り投げる。
やまんばはその魚にとびつくと、たちまちのうちに
バリボリと骨も残さず食ってしまう。
牛かた、牛かた、魚を一匹くれい。
またやまんばが追っかけてくる。
牛かたは牛を必死でたたきながら、また魚を一匹放り投げる。
やまんばはその魚をまたバリボリとまたたく間に食ってしまう。
そうして逃げる牛かたの牛の背中に積んであった魚は
たちまちのうちに一匹もなくなってしまう。
魚はもうないよーと牛かたが泣き声で言うと
やまんばは今度は、
牛かた、牛かた、牛を一匹くれい。
牛かたはがたがた震えながら、牛を放すと必死で逃げ出す。
やまんばは牛に追いつくと大きな牛をバリボリバリボリと
これもまもなく全部食ってしまった。
牛かた、牛かた、おまえが食いたいよー。
牛かたは涙を流しながら逃げる。
やまんばはどんどん追いついてくる。
池のすぐそばに大きな木があったので牛かたはその木に登って隠れた。
やまんばがすぐにやってきてきょろきょろと探すが
牛かたの姿が見つからない。
そのとき水に映った牛かたの姿を見つけたやまんばは
こんなところにいたのかえといったかと思うと
ボチャンと池に飛び込んであっぷあっぷとおぼれそうになる。
そのすきに牛かたは木から下りるとどんどんどんどん逃げていった。
日もとっぷりと暮れて、山は真っ暗やみ。
ところが山の中に一軒だけ灯がともった家があった。
やれやれ助かったと思って牛かたはその家に入った。
入ったかと思ったら表の方から、がさがさと音がして
今日は牛かたのせいでひどい目にあったわい、ぶつぶつと
と声がしてやまんばが帰ってきた。
そうその家はやまんばの家だったのだ。
牛かたは急いで梁の上にするすると昇って天井に上がった。
やまんばは池に落ちた水を垂らしながら、こんな日には
熱い甘酒でも飲んで早く寝るに限るといいながら
甘酒をナベでわかし始めた。
温かい火のせいでやまんばはとろとろと眠りかける。
天井の梁の上でそれを見ていた牛かたは
甘い甘酒のにおいに腹が空いてきて、
天井にあったわらを長くつないで
ナベの中の甘酒をちゅーとすった。
ちゅーと数音があまり大きかったのでやまんばが目を覚ました。
やや、甘酒がへっているぞ、だれが飲んだのじゃ。
牛かたが小さなささやき声で、風の神、風の神、といった。
やまんばは風の神ならしょうがない、といってまたとろとろと眠りかける。
牛かたはじっとがまんしていたがやっぱり腹が空いてしょうがないので
さっきのようにわらを伸ばして、甘酒をチュウチュウ吸って最後まで飲んでしまった。
ところが最後の吸い込む音が大きかったので今度こそやまんばも目を覚ました。
やや、甘酒がない、これはどうしたことじゃ。
牛かたは、小さな声で、火の神、火の神、とささやいた。
火の神ならしょうがないとやまんばいった。
そして、こんな夜はもう寝るに限る、とぶつぶついった。
木のつづらで眠ろうか、石のつづらで眠ろうか、
石のつづらは冷たかろう、木のつづらがええといったかと思うと
木のつづらの中に入って眠ってしまった。
牛かたは天井から降りてくると木のつづらに釘を打って
やまんばが出られないようにした。
そして木のつづらにきりで穴を開けた。
やまんばは寝言で、明日はいい天気と見えてきりきり虫が鳴くわえなどと
いったが目を覚ますことはなかった。
牛かたはナベで水をぐらぐらと煮て先ほど開けた穴から熱湯を注ぎ込んだので
やまんばは死んでしまったということだ。
けっこうまぬけなやまんばだった。
小学生の時に初めて読んだ日本昔話の初っぱなにあった話。
また挿絵が怖くて怖くて、それなのに何回も何回も読んだ。
日本の昔話は今昔物語からとられたものが多いが、
どれも子ども心を引きつける不思議な魅力を持っていた。
ご飯の用意をしてくれる朱塗りのお椀の話や
大江山の酒呑童子の鬼退治の話など話せばきりがない。
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