2011年4月11日月曜日

大川小の避難

「高台へ避難中に津波」=被害状況で保護者説明会-児童74人死亡・不明の大川小時事ドットコムより

東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった宮城県
石巻市立大川小学校の校長らが9日夜、同市内の別の小学校で、被災当時の状況に
関する保護者説明会を開催した。市教委によると、児童の多くは教職員らとともに学校から
高台へ避難中に津波に巻き込まれたという。

保護者からは「助かる方法は他になかったのか」などと学校側の対応を批判する発言が
相次いだといい、当初の予定時間を上回る1時間半に及んだ。
説明会は、保護者から「当時の状況を知りたい」との要望が相次いだことを受け開かれた。
報道陣には非公開で行われ、保護者ら97人が出席した。
市教委によると、冒頭に黙とうした後、今野慶正教育長代行が「安全であるはずの学校で
多くの尊い命が失われたことに、心よりお悔やみ申し上げる」とあいさつ。その後、大川小の
柏葉照幸校長や、現場にいた教職員で唯一生還した40代の男性教諭が当時の状況を説明した。
3月11日の大地震発生直後、同校教諭は児童に校庭への避難を指示し、誘導点呼を行った。
その後、迎えに来た保護者に児童を引き渡している途中、津波の危険があると判断。地域住民と
教頭らが相談の上、高台となっている新北上大橋傍らの三角地帯に避難することを決めた。
津波は三角地帯への移動中に児童や教職員を襲った。学校のすぐ裏に山があるが、地震による
倒木の危険があったため、避難場所に適さないと判断されたという。













裏山へ逃げた方が確かに助かったかもしれない。

でも高台に逃げるという判断は

そのときに一番いい方法に思われた方をとったはずが裏目に出たということだろう。

保護者にとってはやりきれなくて、責めたい気持ちもわかる。

津波にはやはり、「てんでんこ」かなあ。

とにかく裏山に登れと指示を出していたらと言うとこだろう。

悲しい結果だ。

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