2011年3月27日日曜日

放射能漏れに対する個人対策(改版)

外からの放射能に関して、 放射線医学総合研究所(事故対策本部に加わった組織)を始めとして、多くのメディアや研究者が
『現在の放射能の値は安全なレベルである』
という談話を発表していますが、残念ながら、どの組織も
『どこまで放射線レベルが上がったら行動を起こすべきか(赤信号と黄信号)』
を発表していません。これでは近隣地域の人々の上安を払拭する事は出来ないと思います。行動を必要とする危険値や警戒値を語らずに『安全です』と言ってそれは情報とは全く言えないからです。これは我々が取り扱っている宇宙飛翔体での管理についても言える事です(その為に宇宙天気予�報があります)。
 そこで、少々荒っぽいですが、 放射能と風向きの観測値 (現時点で一番濃度の高い場所では文部省の測定結果を参照するのが一番です) に基づく緊急行動指針を概算してみました。科学的に厳密な予測は気象シミュレーションや拡散条件など多分野に渡る計算を必要として、短い時間にはとても出来ないので、多少の間違いもあるかも知れませんが、緊急時ですので概算をここに公表します(3月25日現在)。また、微妙な濃度の放射線が長期(3週間~500時間以上)に渡る場合も、別のガイドラインが必要になります。


先ず第一に、刻々と変化する放射能に対してどう判断するかです。色々な研究所が上限値を出していますが、これが総量である事が問題です。というのも測定値は1時間当たりの値だからです。とりあえず、総量100ミリSv(Svはシーベルト)という数字で考えてみます。この数�字は原子力関係者が緊急時に受けて良いとされる政府基準・東電基準で(政府は今回に限り250ミリSvに引き上げた。ちなみに 国際基準 は原子力従事者で500~1000ミリSvで、一般人で20~100ミリSvです)、 更に妊婦を除く大人が受けても概ね大丈夫と科学的に示されている値でもあります( R.L. Brent の2009年のレビュー論文を参照)
 居住地付近での悪化に気が�ついてから(就眠中など、そこで既にロスタイムがある)脱出まで半日~1日かかるとして、そんな場合が刻々と状況の悪くなる事態を意味する事から、危険値は100時間で割るのが妥当です。
(1) 居住地近くで1000マイクロSv/時(=1ミリSv/時)に達したら、緊急脱出しなければならない = 赤信号。
しかしながら、この値になって行動すると云う事はパニックを意味します。今までの変動幅を見るに、一桁の余裕を見れば数日の余裕があると考えられます。逆に言えば、1割以下の量を超えた段階で行動を開始するのが妥当で、
(2) 居住地近くで100マイクロSv/時(=0.1ミリSv/時)に達したら、脱出の準備を始めた方が良い = 黄信号。
という事になります。ちなみに黄信号でも長時間に渡ると危険値になってしまいますので、黄信号が10日以上続く場合は脱出を真剣に考えるべきです。黄信号に至らなくとも高い放射線が長期間続く場合は、室内にこもっている訳にはいかないので脱出を考えるべきですが、それはここでは考えません。


第2に、妊婦や小児に関する特別な考慮で�す。事故対策本部の放射線医学総合研究所に100ミリSv(総量)で大丈夫とありますが、これは正確ではありません。上にあげた R.L. Brent のレビュー論文(2009年)によると、100ミリSv(総量)というのは、胎児の1%以上の人が影響を受ける値です。つまり、安全値というより、むしろ、これを越えると有為な差があるという危険値です。では大人に比べてどのくらい考慮しなければならないか? 論文の Figure 4 を見ると、ある種の障害に関して、妊娠初期で危険値が低くなっていて、妊娠後期に比べて3割程度の放射線で赤ちゃんに同じ障害が出ています。(ちなみに、妊娠後期から大人までは大差はないという事のようです)。という事は、大人の場合の3割(30ミリSv)を目安にするのが妥当です。一方、小児については甲状腺ガンのリスクが高くなっていて、それ故に妊娠初期と同様に取り扱うのが妥当です。従って
(3) 妊娠初期(妊娠かどうか分からない人を含めて)や小児の場合、居住地近くで300マイクロSv/時(=0.3ミリSv/時)に達したら、緊急脱出しなければならない = 赤信号。
(4) 妊娠初期�(妊娠かどうか分からない人を含めて)や小児の場合、居住地近くで30マイクロSv/時(=0.03ミリSv/時)に達したら、脱出の準備を始めた方が良い = 黄信号。
となります。この黄信号も(2)と同じく10日以上続く場合は脱出を真剣に考えるべきです。
逆に言えば、(2)や(4)の1割以下(居住地近くでの値が、普通の人で10マイクロSv/時、妊娠初期の人で3マイクロSv/時)なら安心して良い事になります。ちなみに、放射能の影響は、一般的には細胞分裂の活発な若い人ほど深刻という事になります(但し原典を当たっていませんので、論文を御存知の方はお教え下さい)。

 ここで居住地近くと書きましたが、実は居住地での放射能値と測定点での放射能値が同じとは限りません。それどころか、高い放射能値を示すような地点の近くに限って、短い距離で大きな違いがある事が文部科学省の測定から示されていて、例えば僅か3kmの違い(原発から30kmの同心円上の固定地点32と�固定地点34)では 25日19時の瞬間値 でも 23日から24日にかけての積算値 でも5倍以上の差になっています。この局所高濃度域は原発から北西と南に伸びており、その方面では、居住地と一番近い観測点(危険な場所は文部科学省が調べてくれていますから誤差は減ります)とで最大倍の差を見積もる必要があります。従って
(5) 原発から北西と真南に伸びる地域では上記(1)、(3)の半分の放射能量で緊急脱出すべき = 赤信号。 となります。黄信号の判断条件は変わりません。というのも黄信号になったら文部科学省が調べる筈だからです。


第3に、距離との関係です。チェルノブイリで問題になったのは事故現場からの直接放射でなく、そこで発生した高濃度の放射性噴煙が移�動しながら出す放射線でした。福島原発も、レベルは違うものの放射性ダストを外に出しています。少なくとも、原発や30キロ下流での高止まりの放射能値は、放射性ダストが出続けている事を意味しています(下の注釈2参照)。ダストは濃淡を作りながら拡散し、ある高さまで昇ると風に乗って、その濃淡は距離と共に強くなるのが普通です。この手のマイクロスケールの濃淡(いま問題になっているのは高濃度部分です)は自然界では普通に起きています。この高濃度ダストが風に運ばれる事のリスク計算がありません。
 地表と違って上空100mを越えると風は安定的にかなりの速さで吹く事が多くあります(山などで風を感じないのは、どんなに標高が高くてもそこが地表だからです)。その場合、地表から数百メートル以上の高さ(ダストが届き得る高さ)では10m/秒(時速約40km)という見積もりが良く(10km上空は最大50~100m/秒です)、この速度だと、高濃度の放射性ダストは(サイズにもよりけりだけど)数時間は拡散せずに放射能を出し続けます。一部の人が言っているように距離の逆自乗・逆三乗で減る事はありません(真空の場合とは全く違います)。たと�えば煙突から出る煙を見て頂ければ分かりますが、風の弱い日(煙突の高さで5m/秒以下)だと、ソーセージ状の煙のくびれが距離と共にハッキリして、その為、高濃度の部分が距離の割にあまり拡散しない事が見て取れると思います。実際、文部科学省の測定結果(上記)も、強い濃淡を裏付けています。
 このような高濃度ダストは原発現場でも高濃度の放射能を出しますから、現場で非常に高い値を記録したら、その風下の人間は緊急に室内に退避しなければなりません。その警報が届くまでに2時間見積もる必要があり、そこから80km圏という数字が簡単に出て来ます。ちなみに、こういう警報は日本語で出されますから、日本人(現状では1時間以内で対応すると思われる)と外国人とでは避難の速さが違い、その為に日米での退避半径が違うと考えられます(もちろん、避難範囲を広げると国が後日保証しなければならない人が多くなる、という事情もあるかも知れませんが、そういう政治的・裁判手管的考察はここではしません)。
 ここで風向きをどう知るかが問題になります。要領は花粉予想や煤煙予想と同じなので、気象庁で出来るはずですが、残念ながらそこまで至って�いません。ですが、文部科学省の測定結果と 米国機の空中測定結果(http://energy.gov/japan2011) を見ると、概ね海風の風下(北西)に当たる狭い地域に放射性ダストが流れている事が分かり、一部が真南に向かっている事が分かります。ですから、原発サイトでの放射能値が問題になる場合、その時に居住地の風が普段と同じであるかどうかを判断して、同じであれば原発の北西(と真南)が風下に当たり、念のために、この向きから左右30度ずつ危険範囲を取れば十分です。
 低気圧通過とかで風向きが違う場合はどうするか? この場合は風下の範囲が広がります。その際に参考になるのが、海外の研究所が出している予報です。日本全体のシミュレーションは
ノルーウェー気象研究所(http://transport.nilu.no/products/fukushima) の Dr. Andreas Stohl(大気汚染シミュレーションの専門家)や
オーストリアの気象庁(http://www.zamg.ac.at/aktuell/)、
ドイツ気象庁(http://www.dwd.de/)、
フランス放射線防護原子力安全研�究所(http://www.irsn.fr/EN/Pages/home.aspx)、
などが出していて、例えば地表のどこにダストが届くかは これ です。上述したようにかなり長い距離をダストが塊の形を保ったまま流れているのが分かると思います。ノルーウェー気象研究所の予報は ノルーウェー気象研究所(http://www.yr.no/) の風向き予報(例えば東京だと これ)に基づいています。ちなみに、オーストリア気象庁では放射性物質の量も出していますが、この手の『数値』は多めに見積もるのが普通なので、シミュレーションの数字にはあまり踊らされない�方が無難です(下に書きます)。大切なのは観測値です。
 もちろん、予報と実際の値は得てして違います。ですから、実際の地上での風向き(アメダスなどの観測値)も見る必要があります。この場合、地表から上空1km程度まで、風向きがゆっくりと時計回りに変わる事(エクマン螺旋といいます)を考慮して、誤差を最大120度と見積もると、地表風向きに対して(上から見て)時計回りに90度、反時計回りに30度の範囲が風下に当たります。ただし、こういう面倒くさい事をしなければならないのは、普段と違う風向きの時だけです。


 さて、では福島原発での放射能の値がどれだけ上がったら室内退避をすべきでしょうか? 急速に運ばれた放射性ダストが、例えば朝凪夕凪になって居住圏にジグザグしながら浮遊するとして、2時間を想定すれば50ミリSv/時が危険値です。つまり
(6) もしも原発の近くで50ミリSv/時を越えたら風下100km以内の人は緊急に屋内(出来るだけコンクリート製:注釈3)に退避し、100km以上でも近くの放射能値情報に随時注意する = 赤信号。
ちなみに無理やり居住地から脱出�する必要は余りありません。想定外の爆発でなければ、様子を見て(1)~(5) に従って判断すれば良いと思います。
 では警戒値はどの程度になるでしょうか? この場合、原発での測定が一ヶ所であることを考慮しなければなりません。局所的な高放射能雲なので、一桁の誤差を見積もる必要があります。従って、緊急避難値の1割の5ミリSv/時という事になりますが、この位の値になると、原発正門(測定値のある所)では、事故現場からの直接放射の量が大きくて、浮遊性ダスト起源と区別がつきません。こういう時は変動幅を使うのが常套です。つまり
(7) もしも原発の場所で急に5ミリSv/時以上の変動が見られたら、風下100km以内の人はなるべく屋内(出来るだけコンクリート製:注釈3)に退避し、100km以上でも近くの放射能値に随時注意する = 黄信号。
となります。補則として、スモッグの時の対策と同じく
(8) 居住地で黄信号の場合、朝凪や夕凪(あるいは霧の発生し易い天気下)は外出を控える = 赤信号。
というのも加えておきます。どんなに急速にダストが溜まるか分からないからで�す。

第4に、原子力安全委員会が公表した 試算値 への対応です。もしも単位が正しいなら各地点での観測値より遥かに大きい事は明らかで、というのも、12日間(300時間足らず)での屋外被爆量が、50km 風下で 100ミリSvもあるという事は、一時間あたりで 0.3ミリSv/時(=300マイクロSv/時)という危険値がずっと続いていた事を意味するからです。 実際の測定値 はこれよりも一桁低く、この事から、
(9) シミュレーションの試算値に極端に惑わされてはいけない
事が分かります。単位についての解説や正確なデータ入力条件が示されていないので断定的な事は言えませんが、この手の誤差はシミュレーションの宿命と言えるもので、地球や惑星の大気や超高層を調べている者にとっては常識に近いものです。それは上記�のオーストリア気象局の推定値にも当てはまります。しかしながら、同時に2つの重要な事を示しています。一つはこの試算が平均的な『風下』の領域(放射性ダストの集まりやすい場所)を知るのに役に立つ事で、もう一つは、風下領域では場所によってはほんの数kmで一桁も値が違う事で、この事は局所高濃度の観測(上記)と合致しています。従って、
(10) SPEDDIシミュレーションは、これから先、真っ先に危険になるかも知れない地域を予測するのに役立つ
という事なります。例えば避難経路を考える時に、まず遠くに逃げるのでなく、西に逃げるのが良いという事をなります。


 最期に、気象庁と原子力保安院への提言です。原発サイトの回りでの放射性ダストの分布を推定する為に
(a) 原発を取り巻くような形で500m程度離れた地点での放射能モニターを至急設置して欲しい。
(b) ダストと風の垂直分布(ダストが何処まで高く昇るのかが決定的に重要です)を推測する為に、気象ゾンデに放射能モニターを積んで、毎日数回、原発サイトの近くで打ちあげて欲しい。
(c) 原発地点の近くの高い所で、常時発煙筒を焚いて欲しい。この煙の行き先から放射性ダストの向かう方角がある程度わかる
これらの情報があるだけで、放射性ダストの行き先の予測が非常に楽になります。

 あと、気象庁を中心にして、土壌汚染の概算の為に
(d) 原発の場所から出た放射性物質の総量を放射能と風向きの観測値から大雑把(桁の精度)で見積もって欲しい
と思います。具体的には下記の手法です(これは案ですので、改善案を持っておられる方はご連絡ください)。
 各観測地点で、それぞれ放射性ダストが空全体(半球)に一様に広がっていると仮定すると、それから放射線源(物質上特定)の密度が出てきます(土壌からの放射線量は空中からの放射線量に比べて無視できる)。もしもダストの半減期(いろいろ混合しているけど、思い切って8時間、8日のそれぞれについて場合分けするのが簡単だと思う)と上空の風速が分かれば、この放射線源のfluxが分かります。これ�を原発を取り巻くようにして積分すると放射線源の排出量(単位時間あたり)が推定出来るし、これを異なる距離で比較して、更に雨による落下の効果を考慮すると、地上に落ちてしまった放射線源の量(単位時間あたり)が推定できます。そして、これらを3月12日から積分すると総量が出てきます。もちろん、最低でも検証のために実際の土壌の放射線量と比較する必要がありますが、とにかく観測値から概算は上可能ではありません。水源地の土壌を全部調べるには膨大な時間がかかりますので、概算は役に立つと思います。ちなみに、風速を仮定すれば学生さん(理系)でも出来る計算ですが、仮定の仕方で結果が桁で変わりますので、間違って大きすぎる値(それはパニックを引き起こす)になりかねません。だから、上空の風速のデータを持っている日本の気象関係者が計算するのは無難です。
 理論的には風速の変化が重要です。というのもダストは風の浮力で浮いているからです。従って、空気中の放射能の量と土壌に落ちる放射性物質の量は必ずしも比例関係にありません。例えば遠方で相当量の放射性物質が見つかったからといって、それより近いところも同様に危ないという事にはなら�ないのです。
 それから、原子力安全委員会(SPEDDIの関係者)が地球惑星科学関係者に応援を頼んでいない(超高層の学会にも気象学会にも大気化学学会にもその手の呼びかけがありません)というのが解せません。シミュレーションと観測データの比較はこの3つの学会が得意とする分野で、特に今の事態だと至急
(e) 地球大気関係のプロに応援を頼むべき
です。少なくともSPEDDIは実際のデータをシミュレーションに反映させるという点に関しては初心者と同じなのですから。

2011-3-18:初版
2011-3-25:改版
revisions:
2011-3-25:(米国エネルギー省のリンク追加)
2011-3-26:小児の判断基準(妊娠初期に準ずる)を追加、(e)を追加、注3を追加。
山内正敏
スウェーデン国立スペース物理研究所(IRF)
(修正に当たっては多くの方のコメントに感謝します。間違い等があればお教え頂けると有り難いです)
最期に「カルシウムを食べよう」を提唱したいと思います。イラ�イラは判断を誤りスケープゴートに走る元ですので。
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注釈1:単位について(Gy と Sv)

Sv = Q x Gy

で大抵は Q=1 です。但し、ソースの近く(原子炉の近くとか、放射性ダストの近く)では中性子の事があり、その場合はQ=10程度(エネルギーによって数値が少し違う)です。


注釈2:原子炉は開放弁や場所不明の亀裂や通して外と繋がっていると考えられます。実際、水素爆発とその直前の放射能増加は、水素や放射性ダストが原子炉から出て行った事を意味しています。一方、原子炉内では水を被っていない燃料棒が、表面から放射性ダストを出し続けています。ダストの出る速さは一定でなく、焚き火での焼けぼっくいと同じように、小さな崩壊(爆発)を繰り返して、それが放射能の濃淡を作ります。亀裂や開放弁から出て行く時も同じで、最終的に発電所から出て行く時も同じです(最悪の場合は大爆発という形ですが、今はそれは考えていません)。


注釈3:屋内�退避の目的は外部被曝と内部被曝(放射性ダストを吸い込む危険)の両方です。文部科学省の 防災ネットワーク問答集 によると、木造建築はきちんと窓とかを締め切れば放射性ダストをかなり防ぐ事ができますが、外部被曝に対して殆ど無力です。コンクリートだと外部被曝を5分の1に軽減します。

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